「もう一歩、先に踏み込んだところに行けた」
wowakaは言った。そしてそれは、彼がバンドという形を選び、仲間を信じて、ライブハウスに立ち昇る熱気とそれを生み出すお客さんたちに支えられ、そうして辿り着いた深みだった。一人じゃ行けない場所だった。
『DEEPER』というアルバムのタイトルは、そのことの象徴だ。
2014年にメジャーデビューを果たしてから約2年で、バンドのあり方は抜本的に変わってきていた。「4人の照準がヒトリエに合ってきた」とwowakaが語っていたとおり、その楽曲は、主張の強い4人のメンバー全員のセンスと発想の結実として形になっている。
一昨年の1stアルバム『WONDER and WONDER』は、これもタイトルが象徴しているように、迷いながら、探し求めながら掴みとったような作品だった。それを経て、昨年にリリースされた『モノクロノ・エントランス』あたりからバンドのエンジンは抜本的に変わったのだという。中心にwowakaの世界観があるのは変わらない。しかしそこに、それぞれの意見やアイディアが求められることが多くなった。
- 「それぞれの活かし方というか、頼り方に気付きはじめたんでしょうね」(wowaka)
- 「自分自身もアイディアを持っていて、それをこのバンドにもっとぶつけてみようと思うようになったんです」(シノダ)
- 「自分のやってることがwowaka本人に今までよりも刺さっていく感じがしていて。そこからどんどんやりやすくなった。自由なんだけど自分勝手でもない、そういう感覚になりました」(イガラシ)
- 「『WONDER and WONDER』の時までは、ちょっとした武者修行感があって。それまで知らない情報を取り入れることが多かったんです。それを踏まえて自分達の軸の中で作るようになった」(ゆーまお)
4人はここ1年の変化をこう語る。ライブを繰り返し、顔を付き合わせてスタジオに入り、生活を共にしていく中で、バンドはどんどん有機的になっていった。
その結果、アルバムはとても鮮烈な仕上がりになっている。一つ一つの楽器が絶妙のタイミングで斬り結ぶアンサンブルから成り立っている楽曲の基本軸は変わらない。しかし、曲調にも、グルーヴにも、さらなる多様性が生まれてきた。全体に研ぎ澄まされた切迫感が宿る一方、「Swipe, Shrink」や「MIRROR」のように、ディスコ・ビートやブラック・ミュージックを独自のやり方で取り込んだ曲もある。
楽曲の世界観も、より生々しいものになっている。印象的なのは、制作の状況について話を聞くとバンドのモードはより民主的なものになっている感じがするのに、歌詞の言葉にはwowaka自身の思考や感性がより色濃く刻み込まれていること。表現もストレートだ。躍動感あるバンドサウンドがハイスピードで駆け抜ける「GO BACK TO VENUSFORT」では〈0コンマ何秒の音楽の快楽〉というヒトリエの音楽のキャッチフレーズをそのまま指し示すような言葉がある一方、ピアノを配した切ない情景を描く「フユノ」では〈踊りたいんだって/止めないで/震えて動けなくなる前に〉というような、内面に閉ざされた感情を歌っている。
「自分の吐き出し方がフィルターを取っ払った状態になってきている。不思議なことなんですけれど、1人でやっていた時よりも、今のほうが1人の状態というものを描きやすくなってるんですよね。1人でボカロでやっていた時にはできなかった言葉の使い方ができるようになってきている。ヒトリエっていう場だから、それができる。独りよがりでやっていったとしても、本当の自分は出せないのかもしれない。人と出会うことで自分の言葉がどんどん生まれてくる。不思議な体験ですね」
wowakaはこんな風に言った。かつては、架空の女の子を立てて、その子の独白として歌詞の言葉を書いていた彼。それはVOCALOIDから作曲や音楽活動を始めたということだけでなく、彼自身の内面の葛藤や孤独をアウトプットに変える中で生まれた必然的なスタイルだった。その方法論は徐々に変わり、しかし、彼の核心にあったものは、やはり「1人」の感情だった。
そういう、様々な角度での変化と、変わらなかったものが詰め込まれたのが『DEEPER』というアルバムだった。
なんというか、そういう話を聞いて「バンドっていいなあ」と思ってしまう。馬鹿みたいな感想かもしれないけど。運命共同体として一つの音楽を追い求める中で、人はこんなにも深くにある何かを掘り当てることができる。
でも、それは、作り手だけじゃなくて、聴き手も同じだとも思う。アルバムを手にとったり、1人で、もしくは友達とライブに足を運んで。汗まみれの興奮と刺激で身体が一杯になって。その先に「なんでこんなに自分は心が揺らされてるんだろう?」と問いかけることで、その人にとって大事なものに気付くことができる。
そういうアルバムでもある、と思う。
柴那典(音楽ジャーナリスト)